社員の中には、注意欠如・多動性障害(ADHD)の特性を持つ方がいるかもしれません。例えば「うっかりミスが多い」「指示した仕事を後回しにしがち」「忘れ物や報告漏れが目立つ」といった様子に心当たりはないでしょうか。
そんな社員が能力を発揮し、安心して働ける職場づくりの鍵が「合理的配慮」です。
合理的配慮とは何か、企業にはどんな義務があるのかをまず解説し、続いてADHDの特性と職場で直面しやすい課題を整理します。
その上で、日々のコミュニケーション支援の工夫や業務の割り振り方の調整、そしてICTツールの活用による具体的なサポート方法を紹介。
中小企業の経営者でもすぐに実践しやすい工夫や、実際の企業での成功事例も交えながら、社員一人ひとりが働きやすい環境を整えるポイントを丁寧に見ていきましょう。
障害者差別解消法と合理的配慮義務とは
障がいのある人が働きやすい職場をつくるうえで、企業が理解しておくべき法律が「障害者差別解消法」です。
2024年の法改正により、民間企業にも合理的配慮の提供が義務化されました。
障害者差別解消法の概要と目的
日本には「障害者差別解消法」(正式名称:「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」)という法律があります。
この法律は、障害のある人もない人も分け隔てなく共生する社会を実現することを目的に、2016年4月に施行されました。
ポイントは、障害のある人が日常や職場で直面する「社会的障壁」(物理的・制度的・心理的な障害)を取り除く努力を、国や自治体だけでなく民間企業にも求めている点です。
障害のある当事者から「この障壁を取り除いてほしい」と意思表明があった場合、企業は過重な負担にならない範囲でその障壁を取り除くための対応をしなければなりません。
これが合理的配慮の提供義務です。
合理的配慮の定義と考え方
「合理的配慮」とは一言でいうと、障害のある人が他の人と平等に仕事や生活上の権利を享受できるよう、必要な調整や変更を行うこと。
言い換えれば、障害に起因する困りごと(バリア)を取り除くために会社が行う配慮や工夫のことを指します。
例えば、車椅子利用者のためにスロープを設置することや、聴覚障害のある社員に対して筆談や手話通訳を用意することは合理的配慮の典型例。
重要なのは「合理的」であること、つまり企業側にとって過度な負担にならない範囲で行われることです。
企業と障害のある社員がよく話し合い、お互いに納得できる形で実施される調整が「合理的」な配慮といえます。
合理的配慮義務の法的な位置づけ
障害者差別解消法では当初、行政機関等(役所や学校など公的機関)には合理的配慮の提供が義務づけられ、民間企業には努力義務(努めるべきこと)とされていました。
しかし2024年4月1日施行の法改正により、民間企業にも合理的配慮の提供が法的義務として課されることになりました。
つまり現在は全ての事業者(中小企業を含む)が、障害のある社員に対して合理的配慮を提供する責任を負っています。
この改正により「合理的配慮をしないこと」は法的に差別とみなされる可能性があるため、企業として対応が求められます。
もっとも、合理的配慮はあくまで「できる範囲での調整」ですので、企業にとって著しく負担が大きい対応(過重な負担)まで義務づけられるものではありません。
中小企業の経営資源で無理なく実施できる工夫で構いません。
ただし重要なのは、まず当事者の困りごとに耳を傾け、解決策を一緒に検討する姿勢。
この対話プロセス自体が合理的配慮の出発点であり、結果として社員の働きやすさと企業の生産性向上の双方につながります。
障害者雇用促進法との関係
合理的配慮の理念は障害者差別解消法だけでなく、「障害者雇用促進法」にも盛り込まれています。
この法律でも2016年の改正で差別の禁止と合理的配慮の提供が規定され、企業は障害者を雇用する際に差別的な取り扱いをしてはならず、個々の障害に応じた配慮をすることが求められています。
要するに、法律の側面からも企業の合理的配慮実践は不可避であり、「知らなかった」では済まされない時代になっています。
まずは法の趣旨を正しく理解し、自社でどんな配慮が可能かを考えていきましょう。
ADHDの特性と職場で直面しやすい課題
ADHD(注意欠如・多動性障害)は、注意力の持続が難しかったり、落ち着きのなさや衝動的な言動が見られる神経発達症のひとつです。
職場では「ミスが多い」「整理整頓が苦手」「報連相が抜けがち」など、日常業務に支障が出ることもあります。
ADHDとはどんな特性か
ADHD(注意欠如・多動性障害)は発達障害の一種で、「不注意」「多動性」「衝動性」という3つの特徴的な症状があります。
不注意とは集中力が続かなかったり、細かいミスが多かったり、物事を整理することが苦手な傾向です。
多動性とは落ち着きがなくソワソワしてしまう状態、衝動性とは思ったことを即座に口に出してしまったり、深く考える前に行動してしまう状態を指します。
ADHDのある方はこれらの特性の現れ方に個人差がありますが、職場では次のような形で困りごととして現れることが少なくありません。
職場で見られる具体的な困りごとの例
ADHDの特性を持つ社員が職場で直面しやすい困難をいくつか挙げます。
もちろん個人によって状況は異なりますが、一般的によく聞かれる例です。
- ●ケアレスミスやうっかりミスが多い:
書類の誤字脱字、ファイルの添付漏れ、押印忘れ、メールの宛先間違いなど、小さなミスを繰り返しがちです。
本人は注意しているつもりでも、注意力が散漫になりミスを防ぎきれないことがあります。
- ●仕事の優先順位付けや時間管理が苦手
複数の業務を同時並行で抱えるとパニックになり、「何から手を付ければよいか分からなくなる」「どれも中途半端に着手してしまい締切に間に合わない」という状態に陥りがちです。結果として締め切りギリギリになったり、期限を過ぎてしまったりすることもあります。
- ●忘れ物・紛失や整理整頓の問題
デスクの上が常に散らかっていて必要な書類が見つからなかったり、会議の約束自体を忘れてしまったりするケースもあります。
重要な物をどこに置いたか分からなくなるなど、物品管理や情報管理の面で周囲から見ると「だらしない」と誤解される場面もあるでしょう。
- ●報告・連絡・相談(いわゆるホウレンソウ)の滞り
指示を受けた業務の進捗や問題点を上司に報告し忘れたり、適切なタイミングで相談できなかったりすることがあります。
これは対人コミュニケーション上のハードルとも関連します。話しかけるタイミングを計れず業務が滞留したり、相談せず独断で進めてミスすることがあるのです。
- ●コミュニケーション上のズレ
会議や指示の場面で空気を読むことが苦手だったり、逆に相手の曖昧な指示の意図が汲み取れないことがあります。
「なるべく早く」「適当にいい感じで」など抽象的な表現を文字通りに受け取ってしまい、何をすれば良いか迷ってしまうケースです。また衝動性から、思ったことをすぐ口に出してしまい失言になる場合もあります。
以上のような課題から、ADHDの社員は「不注意だからやる気がないのでは?」「だらしない性格なのでは?」と周囲に誤解されやすい面があります。
しかし決して怠けているわけではなく、脳の特性上どうしても困難さが生じているのです。この点を正しく理解することが、適切なサポートの第一歩。
また、ADHDのある社員の中には子供の頃は問題が顕在化せず、大人になって初めて自分がADHDだと気づくケースもあります。
そうした場合、本人も自分の特性を把握しきれていないことがありますので、企業側も一緒に試行錯誤しながら働きやすい方法を探っていく姿勢が大切です。
ADHD特性のプラス面にも目を向ける
ADHDというと「できないこと」ばかりに目が行きがちですが、一方で創造性や行動力などポジティブな資質を持つことも多いと言われます。
例えば新しいことにチャレンジする精神や、変化への柔軟な適応力はADHD傾向の人の強みとされています。
実際に、IT企業のヤフー株式会社では発達障害(ASDやADHD)のある人材を積極的に受け入れ、モバイルアプリのテスト業務などに活用しています。
外部委託していた反復的なテストを内製化し、集中力や正確性の高さを持つ人材がバグの再現手順確認や画面構成図の作成などで活躍しています。
また株式会社メルカリでは、商品画像のアノテーション(AI用データ作成)業務において、一つの作業に集中して取り組む力を持つ発達障害の社員が貢献している例があります。
これらは大企業の事例ですが、中小企業であっても、ADHDのある社員の得意な領域に着目し、活かせる業務を担ってもらうことで大きな戦力となり得ます。
まずは苦手を補いつつ強みを発揮してもらう土壌を作る――そのために具体的にどんな配慮ができるか、次章から見ていきましょう。
コミュニケーション支援の工夫と実践例
ADHDのある社員が職場で力を発揮するには、日々のコミュニケーションの工夫が欠かせません。
抽象的な指示を避ける、こまめな声かけを行う、視覚的な伝達手段を活用するなど、実際に職場で取り入れやすい支援策を具体例とともに紹介します。
明確で具体的な指示を出す工夫
指示や依頼はできるだけ具体的に、明確に伝えることがコミュニケーション上の基本的な配慮です。
ADHDの傾向がある人は曖昧な表現や抽象的な指示を解釈するのが苦手な場合があります。「なるべく早く」「適当にやっておいて」ではなく、「○月○日○時までに提出してください」「社内閲覧用なのでレイアウトは簡易で構いません」といった具合に期限や期待する水準を具体的に伝えるようにしましょう。
例えば、「この資料、いい感じにまとめといて」と頼む代わりに「この資料は来週の会議で使うので、○日までに箇条書きで構わないので要点を3つに整理してください」と伝えれば、相手は何をどうすればよいか明確になります。
また一度に複数の指示を詰め込まないことも大切です。要件が多い場合は優先順位を伝え、「まずAを○日まで、その次にBを…」というように順序立てて依頼しましょう。
口頭で長々と説明すると途中で情報が抜け落ちてしまう恐れがあるため、箇条書きの指示書やチェックリストを渡すのも有効。
後から見返せるメールやチャットで指示内容を送ることは、ADHDのある社員だけでなく誰にとっても理解を助ける良い習慣です。
定期的な声掛けと進捗確認
「報告・連絡・相談(ホウレンソウ)」がうまくできずに悩むADHD傾向の社員もいます。そうした場合、本人任せにせず上司や周囲の方から定期的に声を掛け、進捗を確認する仕組みを作ると良いでしょう。
例えば上司との間で「毎朝10分間、進捗をメールで報告する」「毎週○曜日の午後に1時間、面談で進捗共有する」といった定例のチェックインの時間を設定します。
これにより、本人も「いつ何を伝えればいいか分からない」という状態を避けられますし、上司側も状況を早めに把握できるメリットがあります。
実際の配慮例として、ある企業では日報制度を導入し、ADHDの社員に毎日業務内容と明日の予定を書いて提出してもらう仕組みを作りました。
これにより、上司は日々の状況を把握でき、社員側も書き出すことで頭の中を整理する訓練になっています。
ポイントは「困ったら自分から言ってね」ではなく、上司側から定期的に確認する枠組みを用意すること。
忙しい中でも少しの時間を割いて継続することで、信頼関係の構築にも役立ちます。
口頭以外のコミュニケーション手段を活用
ADHDの特性がある方の中には、口頭で指示を受けると内容を記憶しきれなかったり、同時にメモを取るのが難しい人もいます。
その場合、コミュニケーション手段を工夫して、なるべく文章で伝達するようにする配慮が効果的。
会議や打ち合わせの議事録をあとで共有したり、作業指示はメールやチャットで送るようにすると、聞き漏らし・書き漏らしによるミスを減らせます。
特に重要な指示や期限がある業務については、「口頭で伝えて終わり」ではなく必ず書面に残すルールにするなど、組織として習慣化するとよいでしょう。
また、人前で急に発言や報告を求められると頭が真っ白になってしまうケースもあります。そのため、会議で発表や説明を求める場合は事前にお知らせするのが望ましい配慮です。
例えば「次のミーティングで○○さんにプロジェクトXの進捗を5分ほど説明してほしい」と前日までに伝えておけば、本人は整理と準備をする時間が取れます。
これはADHDに限らず有効なマネジメント法ですが、特にADHD特性のある社員には心構えと段取りの時間を与えることがパフォーマンスを引き出すうえで重要です。
社内理解と相談しやすい環境づくり
コミュニケーション支援を語る上でもう一つ大切なのは、職場全体の理解促進と相談しやすい雰囲気。
ADHDに対する正しい知識がないと、周囲の社員が「どうしてあの人はできないんだろう?」と不満を抱いたり、逆に気を遣いすぎて腫れ物に触るような対応をしてしまう恐れがあります。
そこで、人事担当者や経営者は折に触れて発達障害に関する研修や勉強会を実施したり、周囲のメンバーに対して配慮事項の共有を行うと良いでしょう。
もちろん当人のプライバシーには十分配慮しつつ、例えば「○○さんは口頭の説明が苦手なようなので、何か頼むときはメールでも送ってあげてくださいね」など具体的な協力ポイントを伝えておくと周囲も動きやすくなります。
そして何より、本人が相談やカミングアウトをしやすい職場風土を築くことです。
もしミスが続いたり困りごとが発生したとき、「実は自分はADHDかもしれない」と打ち明けられれば、初めて適切な対策が講じられます。
社員が自己申告しやすいよう、「困ったことや必要なサポートがあればいつでも言ってください」と日頃から声をかけたり、定期面談で仕事上の悩みを尋ねたりしましょう。
上司自身が「私も忘れっぽいところがあってね…」といった雑談を交えて話しかけやすい雰囲気を作るのも有効です。
相談を受けた際は頭ごなしに否定せず、まずは受け止め共感する態度が大切です。
その上で会社として可能なサポートを一緒に考えていけば、社員も安心して自分の課題に向き合えるでしょう。
ストレスへの配慮と緊急時の対応
ADHDの社員は、コミュニケーション上の行き違いや自分のミスが重なることで強いストレスを感じることがあります。
場合によってはパニックに陥ったり、感情的になってしまうこともあるでしょう。
そうした場面で周囲が適切に対処できるよう、緊急時の配慮事項も考えておきます。
会議中に明らかに混乱している様子が見られたら、上司や同僚から「少し落ち着くための時間を取りましょう」と促し、5分程度の休憩を取ることを許可します。
短時間席を外して深呼吸したり水を飲んだりすれば、気持ちを切り替えられるかもしれません。
また、衝動的に不適切な発言(いわゆる失言)をしてしまった場合も、後で本人が落ち込まないようその場ですぐ軽く注意し、言い直す機会を与えると良いとされています。
「今の言い方はきつく聞こえちゃったかもよ。言い換えてみようか?」といった柔らかい指摘で、本人もハッと気づき修正できるでしょう。
こうした対応を職場で共有しておくことで、万一のトラブル時にも冷静にフォローでき、本人も周囲も大きなストレスを抱えずに済むようになります。
業務の割り振りとタスク管理の工夫
ADHDの特性を持つ社員にとって、仕事の進め方や優先順位の判断は大きなハードルになることがあります。
このセクションでは、業務の割り振り方やタスク管理の工夫を通じて、社員が混乱せずに業務を遂行できるようにするための具体策を紹介します。
タスクの細分化や見える化、優先順位の共有など、日々の業務にすぐに取り入れられるヒントを中心に解説します。
タスクの細分化と段取り支援
ADHDのある社員には、一つの大きな仕事を丸ごと任せるより、小さなタスクに分けて順番に任せる方が望ましい場合があります。
大きすぎる課題はどこから手を付けてよいか分からず先延ばしの原因にもなるため、上司がタスクを細分化して提示します。
「新企画の提案書を作る」という業務なら、
「(1) 前提資料の収集、(2) アイデア出し、(3) 構成案作成、(4) スライド作成、(5) 上司チェック」等に分け、それぞれにミニ締切や目安時間を設けます。
こうすることで、社員は目前の小さな目標に集中しやすくなり、達成感も得られやすくなります。
段取りが苦手な場合は、初めに一緒にタスク分解を行うことも検討してください。
「まず何から始めようか?じゃあ最初に資料集めを手伝うね」というように、上司や先輩が伴走してスタートを切らせてあげます。慣れてきたら徐々に自分で段取りを組めるよう促しつつ、最初のうちは工程表やタイムラインを一緒に作成してあげるのも有効です。
「○日までにここまで出来ていれば順調」など進捗の指標を共有すると、本人も見通しを持って動けるようになるでしょう。
タスクの見える化とチェックリスト活用
仕事の抜け漏れを防ぐために、タスクを見える化する工夫も重要です。
具体的にはホワイトボードや付箋、またはデジタルツール上で、現在抱えているタスクを一覧で見せる方法があります。
チームでホワイトボードに案件ごとの進行状況を貼り出すカンバン方式を取り入れたり、個人用にチェックリストを活用してもらうのも良いでしょう。
チェックリストは紙でも構いませんし、Outlookやスマホのメモ帳機能、タスク管理アプリなどデジタルでもOKです。
ポイントは「完了」や「未着手」が一目でわかる状態にしておくこと。
視覚的にタスクが整理されていれば、ADHDのある社員も何をすべきか常に再確認できますし、達成項目にチェックを入れることで小さな達成感を積み重ねることもできます。
職場の例として、ある中小企業では社員各自が毎朝その日のToDoリストを書くルールを設けました。
リストを書いたら上司に見せて、抜けているタスクがないか一緒に確認します。
また付箋紙にタスクを書いてモニター脇に貼り、終えたら剥がすという簡易な方法を実践しているケースもあります。
色付きの付箋を使って重要度や緊急度を分類し、視覚的に優先順位を示す工夫も有効です。
紙の付箋が難しければ、Excelでタスク管理表を作り「高優先度は赤」など色分けしても構いません。
大事なのはタスク管理の方法を社員と一緒に模索し、その人に合ったやり方を見つけることです。
優先順位付けとタイムマネジメントのサポート
ADHDのある人は物事の優先順位をつけるのが苦手なことがあります。
すべての仕事が同じ重要度に感じられてしまい、結果として差し迫ったものから手を付けられないという状況です。
そこで上司や先輩が「これは今日中に、こちらは今週中でOK」のように重要度・緊急度を明示するようにしましょう。
業務依頼の際は「AとBどちらを先にやるべきか」まで指示を添える、あるいはチーム全体のタスク一覧に★マークなどで優先度をマーキングする、といった工夫が考えられます。
また時間配分の感覚を掴めるよう支援することも有用です。
「この作業は通常2時間程度でできるから、まず1時間やってみて」と目安時間を伝えたり、途中で時間経過を教えてあげるなど。
集中しすぎて他を忘れてしまう(過集中の傾向)を持つ人には、タイマーをセットして区切りをつけてもらう方法もあります。
ある社員は25分作業+5分休憩のポモドーロ・テクニックを取り入れ、上司もそれに合わせて声掛けすることで効率向上とミス減少につなげました。
こうした時間管理スキルは本人の訓練にもなり、徐々に自力でペース配分できるよう支えていくことが理想です。
柔軟なスケジュール調整と休息
業務の割り振りに関連して、スケジュールの柔軟な調整も時には必要です。
ADHDのある社員は、日によってパフォーマンスに波があったり、環境要因で集中しにくいこともあります。
オフィスの周囲の雑音や、人の出入りが激しい状況だと注意がそれてしまうかもしれません。
そのような場合、テレワークや在宅勤務を一部導入する、中途採用であれば時短勤務やフレックスタイムで勤務時間にゆとりを持たせる、といった配慮が考えられます。
実際に、コロナ禍でテレワークを経験したADHD傾向の社員から「自分のペースで働けて集中しやすかった」と好評だった例もあります。
可能な範囲で働き方の選択肢を広げることは、社員のストレス軽減と定着率向上につながります。
また定期的な休息の重要性も見逃せません。先述のように短いクールダウン休憩を認めるほか、1~2時間に一度は5分程度ストレッチ休憩を取るよう促すのも効果的です。
ADHDの方は長時間集中し続けると逆に効率が落ちることがあるため、小刻みにリフレッシュできる職場文化を作ると良いでしょう。
中小企業であれば「○時と○時はみんなでお茶休憩」といった取り組みもしやすいはずです。
無論、休憩ばかりで仕事が進まなくなっては本末転倒ですが、適度なインターバルを認め合うことが結果的に生産性向上につながることを経営者も理解しておきましょう。
ICTツールの活用によるサポート
ICTツールを活用すれば、ADHDのある社員のタスク管理や情報整理、スケジュール把握をサポートすることができます。
中小企業でも導入しやすいアプリやツールを中心に、業務の抜け漏れを防ぎ、働きやすさを高める工夫を紹介します。
タスク管理アプリやツールの導入
ITツールの力を借りてタスク管理を効率化する方法もぜひ検討してください。
最近ではプロジェクト管理ツール(例:TrelloやAsanaなど)やToDoリストアプリ(例:Microsoft To Do、Todoist等)など、個人のタスクを可視化・整理できるアプリが数多く存在します。
ADHDの特性に配慮した専用アプリもあり、日本発の「コンダクター」というアプリは1日のタスクをわかりやすく見える化し、順序立てて取り組めるよう支援する工夫があります。
またポモドーロ・タイマー機能付きのアプリや、タスクの緊急度と重要度をマトリクスで分類できるアプリなど、時間管理・優先度管理に役立つツールもあります。
社員のITリテラシーにもよりますが、使いやすいものから取り入れてみましょう。
アプリ導入にあたっては、最初に導入目的と使い方を明確に示すことが重要です。
「このToDoアプリに毎日のタスクを書き出して、上司と共有しましょう」「期日の前日にはアプリがアラートを出してくれるので活用してください」と具体的に伝えましょう。
最初は上司や同僚がフォローし、一緒に入力の習慣をつけていくと良いでしょう。
ツールを導入しただけで放置すると逆に混乱しますので、運用ルールを決め、チーム全体でツールを使うようにするのが成功のコツです。
スケジュール共有とリマインダー活用
スケジュール管理には社内のカレンダー共有システム(例えばGoogleカレンダーやMicrosoft Outlookの予定表共有機能など)を活用しましょう。
会議や締切日をカレンダーに入力し、参加者全員と共有すれば、ADHDのある社員も自分の予定を忘れにくくなります。
さらに重要な予定にはリマインダー(通知)設定をしておくと安心。
例えば会議の30分前と前日に通知が鳴るようにしておけば、直前になって予定を失念していた…という事態を防げます。
本人のスマートフォンやPCと連携すれば、会社にいなくてもアラートを受け取れるので確実です。
特にスマホは強力な味方。
リマインド専用のアプリやLINEボットなども利用できます。
先述の「コンダクター」もリマインダー機能がありますし、シンプルな「ルーチンタイマー」というアプリは決まった作業時間を音声でお知らせしてくれる仕組みがあります。
またLINE上で使える「リマインくん」というボットは、チャットで簡単に予定を登録すると指定時刻にリマインドメッセージを送ってくれる便利ツール。
これらは無料または低コストで導入できますので、社内の許可が取れるなら試してみる価値があります。
スケジュールを本人だけに任せず、テクノロジーの力も借りて多重に管理することで、ヒューマンエラーをぐっと減らせます。
チャットツールでのフォローアップ
社内コミュニケーションで既にチャットツール(SlackやTeams、LINE WORKSなど)を使っている場合、それも有効に活用しましょう。
口頭で依頼した後に「さきほどお願いした件、○○までにお願いしますね」と短くチャットを送ってフォローするだけで、ADHDのある社員にとっては大きな助けになります。
「言った・言わない」の行き違いも防げますし、テキストで残るため本人も後から見返せます。
チャットはリアルタイムでなくても気付いた時に見てもらえれば良いので、相手のペースで確認できる連絡手段として便利です。
また、テレワーク中の社員とは積極的にチャットでやり取りすると良いでしょう。
先述したLITALICOワークスの事例のAさんも、在宅勤務時にチャットの文面だけでは意図が伝わりづらいと感じたことがあったようですが、上司と工夫を話し合う中で徐々に慣れていきました。
チャットは便利な反面、ニュアンスが伝わりにくいこともあるため、必要に応じて電話やオンライン会議で補足する柔軟さも持ちましょう。
ADHD傾向の社員には、テキストだけでなくスタンプや絵文字で感情を和らげたり、「わからないことがあればいつでも聞いてね」と気軽に声をかけたりといった配慮も有効です。
チャット上でも丁寧なコミュニケーションを心がけ、孤立感を与えないようフォローしていきます。
メモ・ノート術とデジタルツール
ADHDのある方は物忘れ対策としてメモを取る習慣づけが奨励されます。
企業側でも、社員がメモを取りやすいようノートや付箋を支給したり、クラウドメモ帳サービスの使い方を教えるなどのサポートが考えられます。
社用スマホにメモアプリを入れておき、思いついたアイデアや突発的な指示もすぐ記録できるようにするのもいいでしょう。
紙のメモ帳を常に携帯してもらい、何か頼まれたら必ず書き留めるよう指導するのも基本的な対策です。
さらに社内のナレッジ(知識や手順)をWikiや共有ノートに蓄積し、いつでも検索・参照できる環境を整えると「聞き漏らしたけどもう一度人に聞きづらい…」といった不安も減ります。 最近では録音ペンやボイスレコーダーを活用する人もいます。
会議や電話の内容を音声で記録し、後から重要ポイントを書き起こすという方法です。
こうした機器の使用を社内で許可し、データの取り扱いルールを決めておけば、本人の自己対処を後押しできます。
要するに、「忘れても後で取り返せる仕組み」を技術で用意しておくことが安心につながるのです。
経営者としてIT投資に大きなコストを割けない場合でも、無料ツールや既存の社内システムの活用でできることはたくさんあります。
社員とも相談しながら、有用なICTツールを賢く取り入れていきましょう。
中小企業でもできる支援と成功事例
中小企業でも、特別な制度や大きなコストをかけずに実現できるADHDへの合理的配慮は数多くあります。
実際の職場で取り組まれている支援の工夫や、社員が定着・活躍している成功事例を紹介します。
日々の小さな配慮の積み重ねが、大きな効果を生むことをぜひ実感してください。
小さな工夫の積み重ねが生む効果
合理的配慮というと大掛かりな設備投資や専門知識が必要なのでは、と身構える方もいるかもしれません。
しかしこれまで述べてきたように、ちょっとしたコミュニケーションの工夫や職場ルールの見直しといった小さな施策の積み重ねで、ADHDのある社員の働きやすさは大きく向上します。
中小企業は大企業に比べ制度やリソース面で制約があるかもしれませんが、その分職場の風通しの良さや柔軟な対応で勝負できます。
経営者が先頭に立って「うちの会社で働く全員が気持ちよく力を発揮できる環境を作ろう」と呼びかけ、現場レベルで具体策を積み上げていけば、自然と合理的配慮が息づく職場文化が醸成されていくでしょう。
例えば、ある小企業の経営者はADHDの診断を受けた社員と面談し、「君が全部の規則を覚えきれなくても構わない。大事なことから少しずつ覚えていこう」と伝えました。
さらに本人が腹痛持ちで頻繁にトイレに立つことに悩んでいると知ると、「我慢は体によくないから気にせず行っていい」と安心させました。
これらは一見些細な声掛けですが、社員にとっては「自分のことを理解してもらえた」という大きな安心感につながり、その後の仕事に前向きに取り組む原動力となりました。
合理的配慮はこのようにコストをかけずともできる配慮が数多くあります。
経営者や上司が日頃から社員一人ひとりに目を配り、小さなサインを見逃さず対応することこそが、合理的配慮の神髄と言えるでしょう。
成功事例に学ぶ職場定着のポイント
実際に合理的配慮を行ったことで社員が戦力化し、定着した成功事例も増えてきています。前述のLITALICOワークスのAさんの例では、就職後すぐは社内ルールの多さに戸惑いましたが、支援員を交えた三者面談で上司が重要なルールから覚えればよいと伝えて負担を軽減しました。
その結果、Aさんは安心して業務に集中できるようになり、半年以上経った現在も安定して働いています。
家族からも「障害があっても集中して働ける場所が見つかって良かった」と喜ばれたそうです。
このケースから学べるのは、本人・上司・支援者が一丸となって課題を共有し、早期に対策を打ったことです。
中小企業でも社内に産業医やカウンセラーがいない場合は、地域の障害者職業センターや就労支援機関に相談してジョブコーチの派遣など支援サービスを活用できます。
第三者の助言を得ながら、職場内で対話を重ねることが解決への近道になります。
また別の企業では、ADHDの社員がミスを連発して落ち込んだ際、上司が「何か原因があるはずだから一緒に考えよう」と声を掛けました。
話し合いの結果、その社員は実は仕事の進め方に自信が持てず悩んでいたことがわかりました。
そこで上司はタスクの優先順位リストを毎朝共有し、「終わったらチェックして報告してね」と依頼するようにしました。
すると社員は格段に動きやすくなり、ミスも激減。
自信がついたことで表情も明るくなり、今では周囲に仕事の相談をする余裕も生まれています。
経営者はこの報告を受け、「配慮と言っても特別なことではなく、部下を思いやる普段のマネジメントそのものだ」と実感したそうです。
成功事例の共通点は、社員の声に耳を傾け、適切な対策をタイムリーに講じたことにあります。
継続的な見直しと改善
合理的配慮は一度施策を導入して終わりではありません。
社員の状況や業務内容の変化に応じて、継続的に見直し改善していくプロセスが大事です。
最初はうまく機能していた配慮策が、役割変更や環境変化で合わなくなることもあります。その際は臨機応変に調整しましょう。
タスク管理アプリを導入したものの入力が煩雑で逆に負担になっているなら、もっとシンプルな方法に切り替える決断も必要です。
常に社員本人のフィードバックを求め、「このやり方、続けられそう?他に困っていることはない?」と問いかけながら一緒に職場環境をアップデートしていきます。
合理的配慮は障害のある社員だけでなく、組織全体の働きやすさを向上させる可能性も。
情報共有の徹底や業務の見える化は、他の社員のミス防止や生産性向上にも役立つでしょう。
そうした副次的な効果も感じつつ、組織としてダイバーシティとインクルージョン(多様性受容)を推進していくことが、これからの企業の持続的発展に繋がります。
まとめ:誰もが働きやすい職場を目指して
ADHDのある社員への合理的配慮について、法律の基本から職場での具体策まで詳しく見てきました。
中小企業の経営者にとって、初めは戸惑うこともあるかもしれません。
しかし、特別なことをする必要は決してなく、社員一人ひとりに向き合い適切な支援を考えることは、健常者・障害者を問わず良い経営の基本と言えます。
合理的配慮の提供は法的義務であると同時に、社員の能力を最大限に引き出す投資でもあります。
実践を重ねる中で「こうすればこの人は力を発揮できるんだ」という発見がきっとあるでしょう。それは企業にとっても貴重な戦力となり得ます。
強調したいのは、経営トップが理解を示し支援することの重要性。
トップが合理的配慮に前向きであれば、現場も安心して創意工夫を凝らせます。
社員が働きやすい環境づくりに終わりはありません。
ぜひ今日からできる一つの配慮から始めてみるのはいかがでしょうか。
株式会社アルファ・ネットコンサルティングでは、アクセルというサービスを提供しています。
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「採用後に長く働いてもらえるかわからない」…という企業様向けに、
障がい者雇用枠で新規顧客開拓のスぺシャリストを採用し、
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